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ハロウィンのコスプレなどで活躍する赤カラコン

カラコンの定番カラーといえばブラウン、ブラック、グレー、ヘーゼルあたりだと思いますが、コスプレ用の定番カラーのひとつがレッドです。
近年、日本でもハロウィンの仮装イベントが少しずつ根付いてきた感がありますが、そういった仮装・コスプレで赤カラコンが活躍します。
私は普段あまりリアル店舗のカラコン売り場というところにはいかないのですが、リアル店舗でも赤カラコンというのは扱っているものなのでしょうか?
なんとなくリアル店舗だと普段使い用のブラウンなどが充実していて、コスプレ用のカラコンはあまりおいて無さそうなイメージがあります。

今はカラコンもネット通販サイトが充実しているので赤カラコンも通販で買うのがとても便利です。
発色とかも自分で実際に装着してみないとわからないので、その部分に関してはリアル店舗で買っても通販ショップで買っても同じですね。

普段使い用のカラコンと違って赤カラコンを使う人の中には「カラコンを初めて使う」という人も少なくないはずです。
そんな人のために簡単にカラコンについて解説します。
まず度ありと度なしですが、普段メガネをしている人がカラコンを使う場合には当然度ありを買う必要があります。
どの位の度を選べばいいのかについてですが、これは面倒でも一度眼科で診てもらうのが確実です。
もしどうしてもそれが無理なら過矯正にならないように気をつけたほうがいいです。
度の強すぎるレンズでものが見えすぎると、気分が悪くなったりします。
BCというのはベースカーブのことですが、これはあまり選択肢はないので標準的なBCで合わなかった場合にはかなりカラコンの選択の幅が狭くなります。
もちろん、BCだけで付け心地が変わるわけではありませんが・・・
最後に含水率です。
含水率が高いとレンズがぷにゅッとした感触で気持ちいのですが目が乾燥しやすくなります。
ドライアイ気味の人は含水率の低いカラコンを選んでみたほうがいいと思います。

簡単に解説しましたが、カラコン初心者の人には最初に眼科で診てもらうことを強くお勧めします。
「カラコンを使いたいので度数などの検査をお願いしたいのですが」ということを事前に電話で言っておけばスムーズに検査できます。
たいした検査ではないはずなので、すぐに終わると思います。

安全に使ってこそのカラコンですからね。
赤カラコンのおすすめ商品やおすすめ通販サイトに関しては参考サイトで紹介されていますので、参考にしてください。
>>http://xn--l8jzhtd6a3u6bv039bcfyd.biz/

20代女性におすすめのプチプラ服通販サイト

20代とひとことで言ってもまだ学生の多い20代前半とアラサーの20代後半ではファッションの好みが違ってくるかもしれませんが、20代女性向けというテーマでファッション通販サイトについて書きます。

10代、20代向けのプチプラブランドと言えば真っ先に挙がるのがグレイルです。
人気ショップなので知っている人もいるかもしれませんが、安いのに可愛い服ばかりです。
はっきり言ってしまうとファッション関連はグレイルだけでもほぼ全部そろえることができます。
ジャケット、スカート、シャツ、バッグ、チュニック、ワンピ、パンツ・・・何でもそろいますからね。
まだ知らない人には一度チェックしておいてほしいお店ですね。

そして次がソウルベリーというお店です。
このお店は意外とまだ知らない人が多いかもしれませんね。
でもすごくかわいくて人気のショップなのです。
ガーリー、ナチュラル、カジュアルという3つの要素がすごくいい感じに混ざっていてナチュラル系好きは絶対ハマります。
大きいサイズの服を扱っているというのも人によってはうれしいポイントだと思います。
あとは、ショップでいろいろな面白い企画が頻繁に行われていて、送料無料になったりクーポン割引してもらえたりということも多いです。

そして次のピエロというショップも知らない人が多いことでしょう。
ピエロは大人っぽい上品な服が安く買えます。
新社会人の人が学校卒業を機に大人っぽいファッションに初挑戦するときには重宝するお店だと思います。
ファッションの系統としてはシンプルなものが多いです。
もちろんバッグなどの小物も扱っています。

イーザッカマニアストアーズでは少し個性的な服が買えます。
芸術系の学校に行っている人なんかが好きそうな服ですね。
カジュアルモード系と呼ばれるファッションだと思いますが、そこまで奇抜ではないですしコーデ例もたくさん紹介されているので着こなしはそんなに難しくはないと思います。

shoplistという通販サイトでは色々なジャンルのプチプラブランドが出店しています。
そのたくさんのプチプラブランドの服をまとめ買いして一度に届けてもらえるのがshoplistの魅力です。
普通なら違うお店で買ったらその都度送料などがかかってしまいますからね。

通販なら自分が納得いくまでじっくりと選べるので忙しい人や実店舗が苦手な人でも気軽に簡単に買えるのでおすすめです。

この記事は私が運営する以下のサイトを参考に書きました。
20代 レディース服 通販 安い

オイリー肌のテカリを化粧下地でカバーしよう

オイリー肌の人にとって最も気になるのが顔のテカリです。
しかし、テカるからといって過剰に洗顔したり脂取り紙で顔の皮脂を取り過ぎてはいけません。
本来は顔の皮脂もお肌に必要なものだからです。
洗顔も脂取り紙もほどほどにしておきましょう。

男性の場合はともかく、女性の場合には化粧下地でオイリー肌対策をすることができます。
オイリー肌用の化粧下地はいろいろあると思いますが、「ミムラ スムーススキンカバー」という商品を知っていますか?

はっきり言って知名度はまだそんなにないと思います。
しかしこの商品、アットコスメなどでの評判はなかなかのものです。
結構ちっちゃい容器に入っているのですが、ごく少量を顔に薄く伸ばして使うので、1個買えばそれで2ヶ月はもちます。

特徴としては「パウダー配合でサラサラな仕上がり」「テカリを抑える」などオイリー肌向けのものから「お肌の凸凹クレーターをカバー」「目じり口元のシワをカバー」など色々あります。

おそらくドラッグストアなどでは売っていないと思うので公式通販サイトから購入することになります。

そしてもうひとつおすすめなのが「セルフューチャー シルキーカバーオイルブロック」という商品です。
商品名からもオイリー肌向けなのがわかりますね。

特徴としては最初に紹介した「ミムラ スムーススキンカバー」とほぼ同じです。
顔のテカリや毛穴が気になる人やファンデーション崩れが気になる人向けの商品です。

これも1個買えば薄く塗って2ヶ月もちます。

で、どっちの方がいいの?ということですがこればっかりは実際に試してみないとわかりませんね。

化粧品は人によって合う合わないがありますからね・・・

でも、この2商品はオイリー肌の人にはぜひ試してみてほしい商品です。
参考サイト:オイリー肌のテカリに悩む人におすすめの化粧下地

宮本百合子2

 この三つの点を相互に縫って流れているものの間に、こんにちのアララギ歌人すべての課題がひそんでいると感じます。現代は、アララギがかつて現代短歌史にわけもった積極の意義の故に、その歩みを制約する流派としての諸問題が、見なおされる時期に入っていると思われますが、いかがなものでしょうか。
『仰日』の作者のみならず、わたくしたちは、散文・短歌何によらず、その道での常套で完成したのでは意味がないと思います。まして『檜の影』の同人でいられる方々の御生活、生きゆく思いの痛切なことは、言葉をつくせず、それだからこそ、存在のあかしとして作歌されつつあると信じます。それは格調の緊密なアララギにひかれるのもよくわかります。しかし緊密であるというのは、歌のこころ、歌の世界がひしとうち出されてのことであって、格調を整える語彙というもの、用語法というもの、ましては型であってはつまりません。
 短歌は日本の民族がもって来た文学のジャンルですから、それを破壊するより、そこに新しい真実と実感がもられるように、歌壇の下らない宗匠気風にしみないみなさまの御努力が希われます。
 登龍のむずかしいアララギ派に云々とかかれている方のお言葉を拝見して、感想をおさえ得ませんでした。ここに古風なギルドがあります。枠にはまった流派の完成に近づこうとつい努力する危険があります。『檜の影』のどのお一人が、どんな流派に属する人生苦をもっておられるというのでしょう。
 率直ですこし荒っぽいかもしれないわたしの感想が、散文をかくものからの感想として何かのお役に立つならば幸であると存じます。
 中野重治の『斎藤茂吉ノオト』をおもちでしょうか。窪川鶴次郎の『短歌論』をおもちでしょうか。おハガキ頂きませば『仰日』の御礼のこころとしてお送りいたしますが――
 わたくしはふとっていて、作品を通しての夫人はほっそりと小柄なお方のように思えます。よろしくおつたえ下さい。夫人はどんな本をおこのみでしょうか。

『集団行進』をいただき、大変に興味ふかく、得るところも多く拝見しました。巻頭の序文によると、この集は最近一年間において短歌をつくる労働者作家が非常にふえたことを一つの特徴として示しているとのことです。
 この一年と云えば私が不自由な拘禁生活を自身の深い経験の一つとして過した月日であり、その間に外では、短歌の形で自分たちの生活の感情を表現しようとする意志が勤労階級の中から高まって来た月日であったと考えると、私にとってはまことに意味深い示唆が与えられます。この一年間の私たちの生活というものは、歌人でない者にも何かの形でその心持をうたわずにはおれない思いをさせる程のものであったと云うことが出来ましょう。今日の現実は、風流なすさびと思われていた三十一文字を突破して、生きようと欲する大衆の声を工場から、農村から、工事場・会社・役所から、獄中からまで伝えて来ている。その点で、この二百頁に満たぬ一冊の歌集がきょうの日本の歌壇に全く新しい価値をもって現れているという渡辺さんの言葉は確に当っていると思われます。そして、それぞれの歌がそれぞれの作者の生活の面を反映させているなかにも、私が心を動かされたのは、「工場から」(岡村浄一郎)、「工場の歌」(平野大)、「脂」(速水惣一郎)、「給仕修業」(烏三平)などのように、今日の日本に生きる勤労大衆の生活の歴史的な一つの道行き、過程をうたったものが、一つ二つでなくあることです。私は昔万葉集や金槐集(実朝の歌集)などを読み、なかなか感心したものです。きょう、短歌を作ろうとする人々にとって、これらの古典はやはり読まれ、研究されるべきものでしょうが、それは全くこの『集団行進』に集まっているような作者たちが生活そのものによって現代の社会に要求し示している新しい素質・主題を益々つよく冴えたものとして活かすためにだけ、学び、研究されるべきでしょう。芸術的な表現の力が、まだどの作にも十分具わっているとは云えないという序文の言葉は正しいと思いますが、私が短歌の素人として読んだ感じでは、例えば、

 彼の名は、イレンカトム、という。
 公平な裁きてという意味で、昔から部落でも相当に権威ある者の子に付けられる種類の名である。
 従って、彼はこの名を貰うと同時に、世襲の少なからぬ財産も遺された。
 そして、彼の努力によって僅かでも殖(ふ)やしたそれ等の財産を、次の代の者達に間違いなく伝えることが、彼の責任であった。
 混りっけのない純粋なアイヌであるイレンカトムは、祖先以来の習慣に対して、何の不調和も感じる事はない。
 彼は自分に負わされた責任に対して、従順以外の何物をも持たなかったのである。
 けれども、不仕合わせに、イレンカトムには一人も子供がなかった。
 心配しながら家婦(カッケマット)も死んで、たった独りで、相当な年に成った彼は、そろそろ気が揉め出した。祖先から伝わった財産(たからもの)を、自分の代でめちゃめちゃにでもしようものなら、詫びる言葉もない不面目である。
 自分がいざ死のうというときに、曾祖父、祖父、父と、護りに護って来た財物を譲るべき手がないという考えがイレンカトムを、一年一年と苦しめ始めた。
 そこで彼はいろいろと考えた。
 そして考えた末、誰でもがする通り、手蔓を手頼って、或る内地人の男の子を貰った。
 何でも祖父の代までは由緒ある武士であった[#「であった」に傍点]という話と、頭こそクサだらけだが、なかなか丈夫そうな体付きと素速(すば)しこい眼付きが、イレンカトムの心を引いた。
 その時、ようよう六つばかりだったその子は、お粥鍋(かゆなべ)を裏返しに被ったような頭の下に、こればかりは見事な眼を光らせて、涙もこぼさずに、ひどく年を取った新らしい父親に連れられて来た。
 今まで、話相手もなくて、大きな炉辺にポツネンと、昼も夜もたった一匹の黒犬の顔ばかり見ていなければならなかったイレンカトムにとって、この小さい一員は、完くの光明である。
 彼は、もう一生、自分の傍で自分のために生存してくれるはずの一人の子供を、確(しっ)かりと「俺がな童(わらし)」にした事によって、すっかり希望が出来たように見えた。

宮本百合子

 はじめ、ただ一本の線の上に奏せられていたアリアのような「伸子」の物語は、こうして、「二つの庭」においては、小さなクヮルテット(四重奏)となり、やがて「道標」では、コンチェルト(協奏曲)にかわってゆく。
 そして、「伸子」がそう変ってゆくことこそ現代のすべての人々の善意にとっての自然ではないだろうか。こんにちの社会で、理性ある平和を愛し、人間の尊重と発展とを願うひとは、ヒューマニティの課題として自身の幸福への欲求をも自覚しずにいられないのだから。
 そこにこそ、このひとつらなりの長篇に力を傾ける作者の歓喜と信頼がかくされている。「二つの庭」は、人間の善意が、次第に個人環境のはにかみと孤立と自己撞着から解きはなされて現代史のプログラムに近づいてゆく、その発端の物語としてあらわれる。

「貧しき人々の群」は一九一六年、十八歳のときに書かれた。そして、その年の秋中央公論に発表された。
「貧しき人々の群」は、稚いけれども純朴な人道的なこころもちと、自然の豊富さ、人間生活への感動にたってかかれている。少女だったわたしは、日本の農村というものが、どんなに封建的な土地関係におかれており、また、どんなにその農業の方法がおくれているかということを知らなかった。農民生活のそれらの条件が、一方で益々発展する資本主義の経済機構から板ばさみをうけて、農村の貧しさ、野蛮さが、一層苦しいものとなっているという社会関係もしらなかった。それらについて知らなかったけれども、子供の頃より折々そこに暮して、村の街道の赭土に深くきざみつけられた轍のあとまで眼と心にしみついている東北の一寒村の人々の生活の感銘から、この小説をかいたのであった。
 当時、日本の文学は、白樺派の人道主義文学の動きがあり、他方に、自然主義が衰退したあとの反射としておこった新ロマンティシズムの文学があった。谷崎潤一郎の「刺青」などを先頭として。同時に『新思潮』という文学雑誌を中心に芥川龍之介が「鼻」「羅生門」などを発表し、菊池寛が「無名作家の日記」を発表したりした時代であった。婦人作家として、野上彌生子が「二人の小さきヴァガボンド」を発表し、ヨーロッパ風な教養と中流知識人の人道的な作風を示した。「焙烙の刑」その他で、女性の自我を主張し、情熱を主張していた田村俊子はその異色のある資質にかかわらず、多作と生活破綻から、アメリカへ去る前位であった。

 他のヨーロッパ諸国の社会生活の苦悩と自分から出口をふさいでもがいている自己矛盾とに強い印象をうけて戻って来た作者は、日夜の共感をもって、ソヴェトの人々が社会主義社会を確立するために奮起した情熱と実力とにふれた。社会の現実はどのようにして変り得るものであるか。社会現実の変化はいつのまに生きる人間の感情をさえどのように変化させ発展させてゆくものであるかという相互の関係を、ソヴェトの人々の生活において感受したばかりでなく、自分の内部的変化として自覚した。ソヴェトの人民が、自分たちの運命をみずから変えてゆく人々であるという事実の承認は、新しく文学が発展してゆく方向としての社会主義の文学を肯定させるようになった。トルストイは偉大であり、ドストイェフスキーの世界は五月の嵐のように多彩強烈である。けれども彼等は革命を理解しなかった。歴史のある時期におこる飛躍と質の変換を理解しなかった。彼等の人間性一般は階級のバネをもっていない。